斯くも詮なき日常に

イギリスに移住した28歳男のブログ

舞台借り暮らしのアリエッティ、劇場「水車」、そして凶鳥

 演劇のチケットを譲り受けた。

元々は義母の同僚が行く予定だったのだが、一家で体調を崩してしまったという。

4枚あるという事で私とHolly、義妹と義妹の彼女の四人で行く事に。

タイトルは「The Borrowers」

床下に住む小人が、人間から様々な生活必需品を拝借して暮らす話であるという。

出発前にグーグル検索で予習をすると、案の定「借り暮らしのアリエッティ」の原作であった。主人公の名前がそのままアリエッティである。

会場は隣町ニューブリーにあるウォーターミルという場所だ。

劇場に到着すると、足元にたくさんの鴨がたむろしていた。

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普段イメージする鴨よりもひと回り大きく、猛々しい赤い色の顔をしているがモコモコとしていてとても可愛い。

そこら中に動物がいるのは、私が英国を好きな所の一つだ。

全く人を恐れない鴨たちに囲まれ心癒されていると、一際目を引く純白の大きな鳥がいた。

白鳥さんである。

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幼稚園の頃の将来の夢が白鳥さんであった私は一緒に楽しくダンスでも踊ろうと思い、片手を上げ親しげに歩み寄った。おぉ同志よ、ここにいたのか。

その瞬間、Hollyに信じられないと言った様子で怒鳴られた。

「それ以上近づくな!」

ビクッと体を震わせ、恐る恐る振り返った私の手を引き、Hollyは白鳥から距離をとった。義妹もその彼女も苦笑いである。

なんでも白鳥の持つ気性の激しさたるや筆舌に尽し難く、息を飲むような白無垢姿からは想像もつかないほどに腹黒であり、気安く近づこうものなら、よく伸びる首と鋭い嘴を以って狼藉者をど突き回し、決して許さず地の果てまで追いかけるのだという。

Hollyがまだほんの少女であった頃、両親と訪れた池のほとりにて鴨達に餌をやっていると、茂みの中からのそのそと白鳥が現れ、不気味な叫び声とその大きな体躯を持って非力なる鴨達を蹴散らし、餌を独り占めしたまでは良いが、唖然としている少女Hollyにまで嫌な横目を使い、まだ食べ物を隠し持っているのではないかとにじり寄ってきたそうだ。その時は両親に連れられ素早く退散し事なきを得たものの、それ以降しばらく白鳥を見ると動悸が止まらなかったという。

今でこそ人畜無害な見た目を装い、生態系におけるそこそこの地位に甘んじている鳥類ではあるが、かつてはこの地上のすべてを欲しいままにした大恐竜の末裔である。

認識を改めねば命がいくつあっても足りないだろう。

実際にアメリカでは白鳥による殺人の例も報告されているようだ。

危機一髪、Hollyの機転により命拾いした私は遠くから写真を撮るに留め、逃げるようにして劇場へと急いだ。

 

劇場内に入るとロビーはすでに人で溢れていた。

この時初めて知ったのだが、今回の劇団は英国内ではとても有名であり、一年前からチケットの争奪戦が繰り広げられていたらしい。会場のキャパシティも少ないため、それはそれは入手の難しいチケットだったという。

ちょっとした駄菓子と、ホットワイン、コーヒーなどが売られていた。

開場の時間となり、ロビーから客席へ移動していると廊下のガラス張りの向こうに大きな水車があった。劇場の名前「ウォーターミル」の由来である。

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前日までの積雪もあってか恐ろしい勢いで水が流れていた。

会場内に入ると予想していたよりも遥かにこじんまりとしていた。

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当然ながら、公演中の撮影はご法度であり、ストーリーについては「借り暮らしのアリエッティ」そのものだった為、ここでは詳しく書かない。

しかし演出については神がかっていた。

声は肉声だったが、歌う時や空間を演出する時はリヴァーブやディレイの音のみが小さなスピーカーから発せられており、楽器もすべて生演奏だった。

普通の人間と小人のそれぞれ異なる大きさの演出が非常に巧みで、これは一例であるが、舞台の一番前で少年役の男が小さな人形のぶら下げられた紐を摘まみ上げると、舞台後方で小人役の男が実際にロープで引き上げられ、お互いに会話を始めると言った具合だ。

他にも、舞台の二階で少年役が箱を開けると、一階にいる小人役に箱が開いたような照明が当たると共に、天井からはらはらと木屑が落ちてくるなど、あの手この手で大きさの差異を体感できる仕組みになっていた。

英語がわからないのに、ストーリーに付いていけるのかしらんと不安を覚えていたが、そんなものは杞憂に終わり、あっという間の1時間半だった。とにかくその演出の面白さに開幕五分で釘付けになった。

 

来年の公園は「ロビンフット」だという。

かくして私もこの劇団の虜となり、これより始まる新たなチケット争奪戦に身を投じる覚悟である。